情報の利用可能性の維持

December 22, 2009

 先週の金曜日で欧米はクリスマス休暇に入ったようで、直前までのクリスマスカード、クリスマスmailはぴったり止まりました。普段欧州から翻訳の仕事を取っているます、それもぴったり止まったいます。ああ、クリスマスに入ったと手に取るように見えます。

 今年はと、一足早く振りかえてみると、前年以上の激動の年であったとおもいます。もちろん政権交代とかそれをきっかけとした様々なものの噴出であるのは間違いないのですが。

 他にも、SNPsと臨床医療が相当な程度までつながり、この分野の変化速度はlag phaseからlog phaseに入ってきたと実感しました。専門職が勉強し適切なレベルまで自己を高めるために必要な努力もかつて無いものになってきました。そこに加えて、コンピュータリテラシー、Internetリテラシー、あるいは情報リテラシー(それらは相互に相当部分重なりあるものですが、でも決して同一でないことが逆に厄介です)、のともめられる程度、あるいは過去に獲得したもののうち更新が必要なものの量、さらにはその変化速度が最高度に高まっている。これらは、今がピークだというのではなく今後さらに加速して行くことは誰にも明らかです。

 情報をどう取るか、再利用可能な形でどう貯めるか、「賞味期限切れ」情報の廃棄をどうするか、というあたり見直す時期に来ていると思っています。たとえば、情報の蓄積では、ただ貯めるのではなく、何時、誰が(利用するのは自分とは限らないという発想が必要)、どう行かすのかというビジョンを持つことが必要になったのだと思います。ビジョンは、常に見直して手直しして当てはめて行くという手順(デミングサイクル的な発想)が必要になってきたとおもいます。
 一つの極論は、集積する前に篩ってすてる、蓄積後使用する際にクレンジング過程を挟んで再度捨てるそういう手順が居ると思われます。無償のクラウドサービスを利用して全量貯めるのは、可能ですがビジョン(おそらく戦略という概念を同じ)をもって望むことが大事だとおもいます。それは、データを使用するときのクレンジングのタイムコストが一番大きいからです。クレンジングを想定した、情報の収集が大変に大事です。

 まだまだ書かないと、説明しきれませんが別に機会にゆずって今日はこのくらいにします。ちょっと自己メモの性格の強い記事なので用語はちょっと難しいものがあるかもしれません。ご容赦ください。

 この記事の前提を最後に書いて起きます
  紙媒体だけで自分の集めた情報を整理できるのは完全に終わっています。では、デジタルではどうだろうと考えてみると、蓄積に関しては全く問題は無いのですが、もっとも危惧されるのは「それ使えるの」ということです。折角の情報を必要な時に、適切に取り出せるか?その情報は、その時点で最新・最善のものであるのか?取り出したものを活かして使えるか?それが、「それ使えるの」ということです。
 毎日10件、1件140文字(←ここ笑うところ)、それを7/365蓄積したら、3650件。当然もう爆発です。でも実際にはもっともっと多い情報を集めたつもりに成って居ます。
 そういうことを前提にして考えました。
 
関連LINK http://bit.ly/6F1zAm (飛び先はResearchMap.jpです。そこのaz4uは私です)

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